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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)928号 判決

中央信用金庫

事実

原告中央信用金庫は昭和二十六年四月四日、訴外株式会社山本組及び山本貞造(前記訴外会社代表取締役)に対し金二百七十万円を貸与したが、その際被告は右債務者等の右貸金返還債務につき連帯保証債務を負担したから、原告は被告に対し右貸金及び完済までの遅延損害金の支払を求めると述べたが、被告はこれに対し、債務者訴外株式会社山本組(以下訴外会社という。)が原告から借り受けた二百七十万円は、訴外会社が国から東京都北区滝野川町所在の土地四千二百六十坪の払下を受けるにつき、その概算払下代金二百七十万円の支払に充てる目的で借り受けたものであり、同訴外会社は、払下を受ければ直ちにこれにつき原告のため債権極度額六百五十万円の第一順位の根抵当権を設定する約定であつた。しかるに同訴外会社は昭和二十六年十二月国から右土地の払下を受けるや、これにつき原告のため根抵当権を設定せず、直ちにこれを他に処分しようとする気配があつたので、被告は遅滞なくその旨を原告に通知し、再三適切な処置を講ずるよう請求したに拘らず、原告はその処置を怠つたため、右訴外会社はその頃これを他に譲渡し、原告のため根抵当権を設定しなかつたので、原告はこれに対する担保権を喪失するに至つた。すなわち原告は、その故意又は懈怠によつて本件土地に対する担保を喪失し、ひいては本件債務の全部の弁済を受けることができなくなつたものであるから、連帯保証人として本件の貸金を弁済するにつき正当の利益を有する被告は、民法第五百四条に基き、本件債務の全部についてその責を免れたものであると争つた。

理由

原告中央信用金庫が訴外株式会社山本組に貸与した貸金二百七十万円が、右訴外会社が国から払下を受ける東京都北区滝野川町所在の宅地四千二百六十坪の払下代金二百七十万円の支払に充てる目的で貸与されたものであること、同訴外会社が右土地の払下を受けたら直ちに原告のため、債権極度額六百五十万円の第一順位の根抵当権を設定する約定であつたこと、その後同訴外会社が国から払下を受けたに拘らず、原告のため右のような根抵当権を設定せずにこれを他に処分して了つたこと、原告がその頃被告から、右訴外会社は原告のために本件土地に根抵当権を設定せず、他に処分しようとしているという通知を受けたことは、何れも原告信用金庫の認めるところである。

そこで、訴外株式会社山本組が本件土地を他に処分して、原告のために根抵当権を設定しなかつたことにつき、原告に故意又に懈怠があつたか否かについて判断するのに、証処を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、原告は昭和二十六年三月下旬訴外株式会社山本組の代表取締役山本貞造から、山本組が国から払下を受ける予定になつている東京都北区滝野川町所在の宅地四千二百六十坪について、払下があれば山本組に所有権取得の登記をなすと同時に原告のために第一順位の抵当権を設定するから、払下代金二百七十万円と整地費五十万円とを貸与して貰いたいとの申込を受け、同時に関東財務局王子出張所長の「右国有地は山本組に売渡が決定し、売渡価格の概算額は土地が二百二十五万円、建物その他が四十五万円であるから、至急預納せよ。」という通達書、及び同出張所長の「山本組が、中央信用金庫から金融を得た場合には、同信用金庫立会の下でなければ山本組に対する所有権移転登記はしない。」という承認書の提示を受けたので債権極度額六百五十万円の根抵当権を設定してもその担保力は確実であると判断して金二百七十万円を貸与したものであるが、原告の顧問弁護士刀禰太治郎は同年四月四日山本貞造と共に関東財務局王子出張所に赴き、金額二百七十万円の小切手一通を同出張所に交付し、原告が右金員を融資するについては本件払下土地に抵当権を設定するものであるから、国が山本組に所有権移転の際は必ず原告を立会わせられたい旨を告げ、同出張所から本件払下土地及び建物売払概算額として金二百七十万円を預つた旨の証書を受領すると共に、「同年四月二十日までに払下令書を発行するが、山本組のために所有権移転登記をする際には必ず原告信用金庫に通達する」旨の確約を得た。ところがその後二カ月を経過しても、同出張所からは何らの通知がなかつたので、原告は前記刀禰弁護士をして右出張所に赴いて調査させたところ、山本貞造は同年四月五日、刀禰弁護士が同日出張所に納付した金額二百七十万円の小切手一通の返還を受けてこれを現金化し、二百万円は再び同出張所に納入したが、残金七十万円は他の目的に消費したため、払下手続が遅延していることがわかつた。その後同年十二月十七日山本貞造は国から右土地の払下を受けたのであるが、関東財務局王子出張所は、前記のように刀禰弁護士に対して、山本組が所有権移転登記の際は原告に通知することを確約して置きながらその通知をなさず、山本貞造に所有権移転登記嘱託書を交付したので、同人は翌十八日原告に秘して山本貞造及び株式会社山本組の両名に所有権移転登記を為すと同時に、これを即日鈴木茂及び山田由太郎に売却して所有権移転登記を経由したことが認められる。

以上認定の事実によると、原告信用金庫が、株式会社山本組をして、本件払下土地につき、原告のために根抵当権を設定させることができなかつたのは、関東財務局王子出張所及び株式会社山本組代表取締役山本貞造の原告に対する背信的所為に基くものであつて、原告信用金庫こそ担保権喪失の被害者であり、それについては何らの故意又は懈怠がなかつたものと判断せざるを得ない。

よつて原告の被告に対する請求は正当であるとしてこれを認容した。

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